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芦屋散策 あるものを探しに  臨港線篇 その92013年9月26日

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さあ 引き返そう もう一度 見落とさないように しっかり 探そう

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阪急バスは昔 乗務員さんが2名いました。

埋立地が出来る前は 車体中央部の乗り口に大きな がま口財布のような物を

持ったおじさんが立っており そのおじさんに料金を支払うシステム

運転手さんもいるから バスの乗務員は2名。

そして 芦屋の浜も埋め立てられた頃 バスはワンマンに変わりました

バスに ワンマン と書いてあるバスは 運転手さんだけで

集金する乗務員さんはいない表示

 

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青い斜線の部分は昔は海  だから バスの路線は黒い路線

臨港線が出来てから 臨港線を通る路線もありましたが

たしか 僕が中学くらいまでは 黒い路線も使用されていました。

阪急バスの運転手さんは道が狭くて大変だったでしょう。

特に赤丸の交差点はめっちゃ狭い だから 路線バス運行中には この交差点に

電話ボックス程の大きさの待機ボックスが設置され

阪急バスの職員さんが常に待機されており バスが来たら誘導していました。

道では 赤線の部分が特に狭い こんなところ昔バス通ってたんだ と

みんな驚きます。でも 浜が海だった時 ここを通るしかなかったのです。

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バスは昔 ここを右に曲がります

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赤線部分は拡張された部分なのですが バスが通ってた頃は拡張されていませんでした

バス一台 なんとか通れる狭さ

乗用車でも対向がくれば 大変だったのに

ほんと 阪急バスの運転手さんは大変だったでしょうね。

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進んでいくと 臨港線と堤防道の間の木が丸くえぐられている!

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僕が2歳 3歳の頃 母と毎日この階段をあがり

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堤防道からこの階段を上がり 堤防を越えると

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この丸階段があったのです。

そして 母と砂浜で遊んで この丸階段を登ったり降りたりして遊んでいた

その丸階段を無性に見たくなったのです

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そして ここにその丸階段がありそうだ

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あった! これが あの丸階段だ!

なんだか 涙が出てきた

臨港線の道路は昔の砂浜より高い場所にあるので 丸階段はもっと段数がありました。

その一部が残っている!

僕の絵は段数が少ないですが 思い出してきました

たしか この丸階段は女性のドレスのように 広がる華麗な階段でした。

ずーっと僕は眺めている

ジョギングしている方や自転車に乗っている方はたぶん

なんで あのおっさん 堤防の外側 ずーーーーーと見てるんや?

なんか あるのか?

と不審に思っていたでしょう。

今年 父と母が亡くなった

ちょっと前まで 両親がこの世からいなくなるなんて 考えた事も無かった

でも ヤフートピックスなどに有名人が亡くなるニュースなどを見てきて

もう 僕の両親もそんな年になってきた と覚悟はしていましたが

もう2度と会えないのが本当につらいです

今は あの時こんな事したな こんな所に行ったな といろいろ思い出しては

思い出に ひたっています。

 

つづく・・・・・・